厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班(分担研究者 滝川康裕)の研究の一環として,当講座で開発した「80%以下の急性肝炎の劇症化予知式」を基に,岩手,秋田,青森,宮城の40余りの病院の協力を得て,多施設共同のプロスペクティブスタディーを行っている.これまで,急性肝炎に関して優れた劇症化予知効果があること,またこの早期予知,搬送システムにより,実際に観察された劇症化率が予測を下回り,劇症化予防に効果を上げていることを報告した.さらに劇症化予防治療としてステロイド,N-アセチルシステインなどが有効な可能性があること,ステロイドの開始時期が概ねPT60%が適切であることを報告した(J Gastroenterol. 2017 Aug;52(8):977-985.).
2) 急性肝炎の成因ウィルスと病態に関する研究上記共同研究のネットワークを利用して,急性肝炎の成因に関する調査研究を2009年8月より開始している.この研究は,厚生労働省「経口感染する肝炎ウィルス(A型・E型)の感染防止,遺伝的多様性および治療に関する研究」班(分担研究者 滝川康裕)および厚生労働省B型肝炎創薬実用化等研究事業「次世代生命基盤技術を用いたB型肝炎抑圧のための創薬研究」班(研究協力者 滝川康裕)の研究の一環として行っている.当地域において,成因不明急性肝炎に占めるE型肝炎は約10%でその遺伝子型はほとんどがⅢ型であることを報告した.また,B型肝炎の制圧に向けて,現在の核酸アナログ製剤では限界があることから,新規創薬に向けて,研究班としてウィルス複製抑制薬などの開発が始まり,これに供するB型肝炎症例の臨床検体の集積を継続している.
3) 肝細胞再生に関する基礎的研究劇症肝炎における肝再生不全克服の目的で,マウス肝切除モデルでの研究を外科学講座と共同研究している.物理的肝切除モデルマウスを用いて,切除断端付近に肝前駆細胞が動員されていることを明らかにし報告した(Lab Invest. 2016 Nov;96(11):1211-1222.).
4) 昏睡型急性肝不全に対する血液浄化装置HAYATEの昏睡覚醒効果に関する臨床試験「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班劇症肝炎分科会血液浄化法の有効性評価を目的としたワーキンググループが,high-flow CHDFとon-line HDFを昏睡覚醒のための第一選択と位置づけ,その手法の標準化及び普及に努めるべきであるとの提言をまとめた.当講座は厚生労働省革新的医療機器等開発事業の補助を受けて,旭化成メディカル株式会社と共同でon-line CHDF機器を開発した. H27年4月より,当講座が治験調整施設となり,北海道大学,東北大学,千葉大学,藤田保健衛生大学,鹿児島大学の6施設で医師主導治験を開始した.現在,治験は終了し,現在,治験総括報告書の作成を行っている.
これまでの臨床研究でIFNα-2b併用5-FU療法が進行肝癌に対して有効性を示したが,その機序解明のための基礎研究を主に肝癌細胞株HepG2を用いて行っている.その結果,5-FUは,HepG2 に細胞毒性を示す一方で,上皮間葉転換(EMT)を惹起する分子を誘導し,悪性度を高めることが判明した.さらに,IFNα-2bの併用は,EMTシグナルを抑制し,5-FUの効果を高める可能性が示された.
2) 臨床研究基礎研究の結果をうけて,悪性腫瘍のEMTに関すると言われているTGF-βの動態と化学療法の有効性との関連を検討した.その結果,治療により血中TGF-βは全体として低下するが,治療へ反応性と血中TGF-βとの間に相関を認めた.
以上により,肝癌に対す5-FU投与はERKを介してEMTを誘導し,その状態は血中TGF-βの上昇に反映することが示唆された.
C型肝硬変, 肝癌患者における栄養代謝異常, 臨床的特徴を検討し, C型肝硬変を伴う入院患者は肝癌の合併を高率に伴い, 非高齢者肝硬変患者で高齢者肝硬変患者に比し, 肝の重症度が高い症例が多く, 蛋白代謝異常, 耐糖能異常, 肥満の合併が多く認められた. C型肝硬変, 肝癌患者において年齢や栄養代謝異常, 臨床的特徴をふまえた治療が必要と考えられた.
1) ミニマル肝性脳症minimal hepatic encephalopathy(MHE)に対する栄養治療介入の効果について検討し, 栄養治療介入により神経機能異常, 栄養状態, QOLが改善することを明らかにした. ミニマル肝性脳症患者の栄養状態の改善はMHEの改善を図る一つの方法であることを報告した.
2) C型慢性肝炎患者におけるIFN抗ウイルス治療前後での神経機能異常と脳内グルコース代謝動態の変化をFDG-PETを用いて検討した. IFN抗ウイルス治療前と治療中を比較し脳内グルコース代謝は低下傾向を示し, うつ状態の評価は悪化傾向を示した. C型慢性肝炎における抗ウイルス療法は神経機能とうつ症状, 脳内グルコース代謝に影響を及ぼしていることを明らかにした.
3) 3.0 tesla MRSを用いてミニマル肝性脳症(MHE)の脳内の物質代謝異常を検討しMHEの早期診断への有用性を検討した. MHE群では非MHE群と比べて脳内のグルタミンの増加とミオイノシトールの減少が顕著に認められた. このことからMHEにおいてもすでに顕性脳症と同様の脳内物質代謝異常が発現していることが示唆された. 3.0 tesla MRSはMHEの早期かつ客観的診断に有用である可能性があることを報告した. 現在, 症例数を増やしさらなる病態の解析を進め, さらに超高磁場7.0 tesla MRSを用いたより詳細な物質代謝異常, 軽微な形態変化の精査, 検討を進めている.
4) 肝性脳症に対するリファキシミンの有効性の検討
肝硬変患者の肝性脳症改善および再発予防に関してラクチトール(合成二糖類)単独よりもラクチトール+リファキシミン(難吸収性抗菌薬)が有効か否かを,従来の血清アンモニア値と精神神経機能検査に加えて,3.0 tesla 脳MRSによる脳内グルタミン濃度によって客観的・定量的に評価する研究を進めている.本研究により新たな肝性脳症の治療法と効果判定法の確立につながることが期待される.
門脈血栓症は肝硬変患者に高頻度にみられる合併症であるが,門脈血栓症への治療介入とその治療効果が生命予後や肝予備能に与える影響,自然経過などは未だ不明であった.そこで門脈血栓症を発症した非肝癌合併肝硬変患者を対象に,血栓溶解群と血栓非溶解群を比較し,予後や肝予備能に与える影響を評価した.全生存率は両群で有意差を認めなかったが,無イベント生存率は血栓非溶解群で有意に不良であった.また,肝予備能をALBI,MELD Ⅺを用いて評価したところ,血栓非溶解群では発症前と比較して1年後に有意な悪化がみられた.急性門脈血栓症は肝予備能を悪化させ,肝関連イベントの発生を増加させることを明らかにした.
NAFLDにおいて健常人を用いて作成された基礎代謝量予測式の正確性が低下し,基礎代謝量を過大評価していることが明らかになった.ビタミンEは現在のところNAFLD治療に唯一効果を期待される薬剤であるが,基礎代謝量への作用はあきらかになっていなかった.そこでビタミンEを投与されるNAFLD患者の安静時代謝量を測定し,投与後との関連を検討する(倫理委員会承認番号H28-71)こととした.臨床試験は終了し現在結果を解析中である.
2) 肝疾患における肝内鉄のバイオマーカー同定の探索的研究生体内でFeはヘモグロビンに利用されるほか,ミトコンドリアのチトクロームやリボヌクレオチドリダクダーゼに利用され,欠くことのできない微量元素である.一方で,肝臓が鉄過剰状態となるとフェントン反応によってヒドロキシルラジカルが出現し,酸化ストレスが生じる.非アルコール性脂肪性肝疾患の重症度は血清フェリチンによく相関することや,急性肝障害で血清フェリチンが上昇することが知られている.しかし,非アルコール性脂肪性肝疾患で瀉血の有用性は証明されていない.これらの疾患の血清フェリチンは,組織鉄を正確に反映していないものと考えられている.肝疾患における肝細胞内鉄貯留量を反映するバイオマーカーの存在が必要である.肝生検組織を対象にParticle Induced X-ray Emission (PIXE)法を用いて得られた肝内鉄濃度を精度よく予測できる血清バイオマーカーを探索し,同定することを目的とし,現在症例を蓄積中である(倫理委員会承認番号H28-112).本研究は仁科記念サイクロトロンセンターとの共同研究計画として採択されている.
3) 脂肪肝炎と脂質代謝酵素の関連についての研究脂肪肝炎において肝細胞死は,炎症を惹起し,線維化進展に寄与する.その脂肪毒性の本体がリン脂質であることが報告された.現在,脂質代謝酵素の脂肪毒性における役割に着目し,培養肝がん細胞株(Huh-7),高脂肪食摂取マウスを用いて検討中である.本研究は2015年度から2年間TaNeDS第一三共に採択され,共同研究として行われている.